2018年10月6日土曜日

あの人の言の葉 渡辺研一

 陸軍中尉 渡辺研一

 昭和20年5月27日
 沖縄県糸満市喜屋武にて戦死
 栃木県出身 29歳


 まだお便りする機会は何度かありましょう。
 しかし時機はいよいよ迫りつつあります。
 それが何時であるかはもとより予測することは出来ませんが、恐らくは、あなた達の予想外の速さでやって参りましょう。
 その時の来ない中に、言うべき事は言っておきたいと思います。
 しかし、いざペンをとってみると今更ながら申すことがないのに気がつきます。

 今の私は強くあらねばなりません。
 寂しい、悲しいというような感情を振り捨てて、与えられた使命に進まなければならぬ立場にあるのです。
 ただ一切を忘れて戦って戦って戦い抜きたいと思います。
 不惜身命 生きることは勿論、死ぬことすらも忘れて戦いたいと念じて居ります。
 南海の一孤島に朽ち果てる身とは考えずに、祖国の周囲に屍の砦を築くつもりで居ります。

 何時かはあなた達の上に光栄の平和の日が訪れて来ることと思います。
 その日になって私の身を以て尽くしたいささかの苦労を思いやって下されば私達は、それで本望です。

 愛する日本、その国に住む愛する人々、その為に我等は死んで行くのだと考えることは実に愉しいものです。
 運命があなたにとっての良き夫たることを許さなかった私としては、そう考えることによって、あなたへの幾分の義務を果たし得たような安らかささえ覚えます。

 一度戦端が開かれれば、一切の手段を尽くし最善の道を歩むつもりです。
 万一の事があった際、例え一切の状況が不明でもあなたの夫はこのような気持ちで死んで行った事だけは、そうして最後まで、あなたの幸福を祈って居た事だけは、終生、覚えていただきたいと思います。

 その後体の調子は相変わらず、すこぶる好調です。
 いつもながら御自愛を祈ります。

 御機嫌よう。

 昭和二十年二月十日