2018年8月28日火曜日

あの人の言の葉 須賀芳宗

 海軍大尉 須賀芳宗

 神風特別攻撃隊 第一正気隊
 昭和20年4月28日
 沖縄沖にて戦死
 東京都台東区出身 26歳


 昨日、今日と隊の桜も満開です。
 この桜ほど美しい桜を私は未だ見た事がありません。
 きっとこれも見る者の心のせいでしょう。

 皆さんの去った隊内にこの綺麗な桜に囲まれていささか感傷に溺れました。
 それは決して淋しい物悲しいホームシックではないことは断言できます。
 恵まれた両親にかこまれて温かい家庭に幸福に溢れて育った小生が学生時代から愛し続けて来た飛行機で勇躍征途にのぼる、実に恵まれた生涯であったと痛感したのです。
 豊かに真直ぐに育ったと云う事は今となって最大の強味です。
 実にその点両親に感謝しています。
 坊ちゃん育ちは弱味も多くありましょうが、根本に於いてどんな状態に置かれても必ず物を素直に受け入れて好意に解釈します。

 今、日本を守る最後の切り札として出陣するに当たって、日本人として御両親様の倅として誰よりも誇りと喜びとを以て出撃出来る事は私の最高の勝利であると微笑んでいます。

 桜が散ったら又お便りします。

2018年8月24日金曜日

あの人の言の葉 石田正夫

 海軍軍属 石田正夫

 昭和19年8月8日
 グアム島にて戦死
 兵庫県加東市吉井出身 37歳


 昨夜子供の夢を見ていた。
 父として匠に何をして来たか。
 このまま内地の土を踏まぬ日が来ても、何もかも宿命だとあきらめて良いだろうか。
 愚かな父にも悲しい宿命があり、お前にも悲しい運命があったのだ。

 強く生きて欲しい。
 そして、私の正反対な性格の人間になってくれる様に切に祈る。 合掌

 三月○日
 内地の様子が知りたい。聞きたい。
 毎日、情勢の急迫を申し渡されるばかり。
 自分たちは既に死を覚悟して来ている。
 万策尽きれば、潔く死のう。

 本月の○日頃が、また危険との事である。
 もし玉砕してその事によって祖国の人たちが少しでも生を楽しむことが出来れば、母国の国威が少しでも強く輝く事が出来ればと切に祈るのみ。
 

 遠い祖国の若き男よ、強く逞しく朗らかであれ。
 懐かしい遠い母国の若き女たちよ、清く美しく健康であれ。

2018年8月19日日曜日

あの人の言の葉 棚橋順一

 陸軍大尉 棚橋順一

 昭和14年5月7日
 中国華中にて戦死
 東京都出身

 愛児に宛てた手紙


 今は昭和十二年十月十七日の午後六時半です。
 僕の乗っている運送船は東支那海を上海に向けて走っているところです。
 台風の余波で船が揺れて苦しいけれども今書いて置かないと明日は上陸準備で忙しいので揺れる机の上で書いています。

 十九日の朝、上海に上陸して、すぐに戦線に行くはずです。
 そこは生死の境であって、基の生長を見届けることが出来ないかも知れない。
 そこで大きくなったら、父は基に何を期待していたかを知って貰いたいと思うのです。

 基は将来自分の適した方面に進んでくれればよいのですが、決して力だけの人になってはいけません。
 力だけで人生を送るのは不幸の因、滅亡の元です。
 必ず徳というものを中心として進んで下さい。
 所謂偉い人にならなくてもよい。
 世の中には名も知れぬ人で徳の高い人があるものです。
 人生には荒波があって築いたものを次から次に崩して行く、ここに確信の道というものがなければやって行けない。

 大きくなったら宗教的方面の研究修業をするとよいと思う。
 その時必要なのはよい師匠である。
 よい指導者である。
 よい友である。
 私は世にも珍しい良師につくことが出来た。
 どうぞ基が大きくなったら、これを心懸けて下さい。

 それから僕のために総てを捧げてくれた基のお母さん、お親父さん、お祖母さんをどうか大切にして下さい。
 みんな苦労をした人々だ、僕に代わって大切にして下さい。
 基のことを会社の人々、塾の人々、中学時代の友人によく頼んで置いたから困ったときは相談に行くがよろしい。

 ではこれでやめます。
 さようなら。
 どうぞすくすくと丈夫に育って下さい。

 父より(基宛)

2018年8月14日火曜日

あの人の言の葉 齋藤幸雄

 海軍少尉 齋藤幸雄

 神風特別攻撃隊 第六神剣隊
 昭和20年5月11日
 沖縄沖で戦死
 宮城県出身 20歳


 何も思い残すことはありません。

 ただ、万歳あるのみです。

 お母さん、きっと桜咲く靖国神社に来て下さいね。

 いつまでも、元気でいて下さい。

2018年8月10日金曜日

あの人の言の葉 大田博英

 海軍大尉 大田博英

 神風特別攻撃隊 第一筑波隊
 昭和20年4月6日
 南西諸島沖にて戦死
 鳥取県東伯郡北栄町出身 23歳


 御父上様
 多年の深海重山の御恩に報うべき秋が参りました

 博英は今から征きます 倶に御喜び下さい
 此の期に及んで何も申し上げる事も有りません
 只 皇国永世の安泰を願うのみです
 必ずや期待に添います
 御祖母様にも宜敷く御伝え下さいませ

 もうすぐ春です 裏の山桜も咲きましょう
 菜種の田が眼に浮かびます
 小川の想い出 懐かしい想い出は尽きません

 敵は眼前に迫りました 最後の勝利を確信します
 来るべき大捷の日をまぶたに 笑って静かに去ります

 では お元気で

2018年8月7日火曜日

あの人の言の葉 柴田勝見

 陸軍兵長 柴田勝見

 昭和17年8月8日
 中国中部にて戦死
 東京都出身 31歳

 愛児への手紙


 えみこちゃん、まいにちげんきにがっこうへいっていますか、まだおべんとうはもっていきませんか、がっこうはとてもおもしろいでしょう。

 それからおうちではおかあさんのいうことをよくきいてしかられたりしないでしょうね。

 かつやのおもりもよくしますか、こんどおとうさんはとおい「しな」のおくにへきていますから、このまえのときのようにときとぎおうちにかえることはできませんから、よくおかあさんやおばあちゃんのいうことをきいておりこうにし、おうちでおてつだいをしてください。

 がっこうのおべんきょうも、よくするのですよ。

 おとうさんも、そのうちおみやげをもっておうちへかえりますからたのしみにまっていてください。

 じゃ、さようなら

2018年8月4日土曜日

あの人の言の葉 野沢吉一郎

 陸軍軍曹 野沢吉一郎

 昭和19年10月26日
 バシー海峡にて戦死
 新潟県新潟市南区白根出身 39歳


 長い間まことに御苦労であった。
 つらくばかりお前に当たってほんとうにすまなかったが、私は幸せであった。
 身体のやせる程苦労させたが、皆前世の約束であったとあきらめてくれ。
 先に行ってお前の席をとって待つ。
 子供の事をくれぐれもたのむ。
 又父母の事もくれぐれもたのむ。
 お前が無事に幸福な日を送る事を見守って居る。

 悲しむな。嘆くな。
 人の世は皆こんなものだ。
 子供の事くれぐれもたのむ。
 達者に居れよ。病気せぬ様にせいよ。
 苦しかったが又楽しかったな。
 過ぎた日の楽しかった事を思い起こして日を暮らせ。

 子供は一日毎に大きくなる。
 思い出したなら仏様にお参りをせい。
 私の身体は死んでも、魂は生きてお前のそばに居る。

 つましくして細々と生活を立て、子供の生長を楽しみに待てよ。

 さようなら。